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zoom RSS ♪ J-POP に演歌

<<   作成日時 : 2016/06/15 20:49   >>

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 いつも分かり難いのが、@ 流行歌、A 歌謡曲、B 演歌に C J-POP の違い。 調べてみたが、人により定義も範囲も来歴も微妙に異なる。 勿論、相互間には同義の部分あり、重複する部分もありだ、...一度整理してみる。

 先ずは流行歌。 理屈を云えば 平安時代に後白河法皇が編纂した 「梁塵秘抄」 も当時の流行り歌から選ばれた流行歌集、だがこれは歌詞は有っても 今となっては歌い方が分からない。 下って江戸時代には 「こちゃえ節」が江戸で、「かんかんのう」 が長崎で、「かっぽれ」 が京阪で流行した、何れも口伝で広がった当時の流行り歌。 他に常磐津節や清元節、新内節も流行歌ではと云う人も居るが、これは或る階層内での流行病に過ぎない。 ... 流行歌とは 或る時期、或る地域で 不特定多数の人々に歌われ続けた歌のコト、歌謡曲よりも歌の範囲は広い。 ... 近年の流行歌の中で ヒットして全国的に広がった最初の歌は、1914年 (T3年) に流行した 「カチューシャの唄」 。 この曲の特徴は、五線譜と器楽を使った西洋音楽で、流行が口伝ではなく 当時のマスメディアに乗っかって広がった歌だった。

 歌謡曲とは昭和時代に流行したポピュラー音楽の総称。 まこと NHKのラジオ放送で一般用語になり広まった言葉である。 そんな歌謡曲の特徴は、オタマジャクシと器楽を使った西洋音楽の上に 日本語の歌詞を載せた音楽である。 例えば日本人が初めて聴いたワルツ音楽、三拍子の曲を当時の人達が素直に受け入れるコトが出来たのは、偏に西洋音楽のお陰だと思う。 昭和時代を通じて歌謡曲は時代の要請に応えながら、ラジオ歌謡・国民歌謡・軍国歌謡・学生歌謡・アイドル歌謡として歌われ続け、国民に親しまれてきた歌である。 だが、さすがに平成の世になると歌謡曲と云う言葉はあまり聞かれなくなった。 ... 歌謡史上、歌謡界を活気づけたのは 1945年以降の音楽ビジネスの出現だった。 歌は作詞家が書き、作曲家が曲を付けて歌手が歌い、レコードやCDに載せられて音楽市場に大量に出荷された。 この一連の作業を取り仕切ったのがレコード会社の文芸部、各社は互いにヒット曲作りに奔走した。 だが 1960年代以降、音楽界に新しく フリーの作家が現れると、それまでのビジネス・モデルは急速に崩壊して、音楽業界は瞬く間に 演歌の時代・J-POP時代楽へと衣替えして行くコトに...。

 従来型の歌謡曲に代わって1960年頃から少しずつ歌われ始めたのが演歌である。 事実、この時期には音楽事業各社による専属制の解体に伴って、それまで会社の専属歌手だった歌手の多くが演歌歌手に転向している。 したがって、「演歌」 という呼称も 演歌のジャンルも この時期に成立したもので、昨今囁かれているような伝統音楽ではない。 しかも、演歌ビジネスが活況を呈した期間はその後の 20〜30 年間で長くは続かなかった。 ... とは云え、演歌時代の余韻の残る現在にあっても、転向した歌手の多くがまだまだ現役で活躍しているコトも事実である。 ただ、今後の問題はファン層の高齢化であろう。 ... これと ほぼ同時期に頭角を現したのが若い人に人気の J-POP である。 来日した ビートルズやローリング・ストーンズの影響を受けて結成された数多のグループ・サウンズやニュー・ミュージックの活躍により 1990 年代には漸く J-POP の花が開いた。 J-POPは、それ迄の歌謡曲と一線を引くコトで 洋楽POPs に一歩近づいたと云っても差し支えは有るまい。

日本は明治初期に国策として西洋音楽を導入した。 その西洋音楽の楽譜構成は 長調なら7音階、半音を加えれば 12音階である。 だが、当時の日本人はそんな西洋音楽になかなか馴染めず、それに代わって登場したのが 長調では ファ と シを使わない、短調なら レと ソを使わない所謂 「4・7 ( ヨナ) 抜き音楽」 だった。 事実、1945年までに作られた日本の歌の 75% が、1960年代では 50% が 「4 ・ 7抜き音楽」 で作られていた。 よく云われる演歌でコブシを利かせるとは、この 4 と7 の抜けた隙間を使った細かな芸のコトである。 ... さて、日本に西洋音楽が導入されて既に 100余年。 今の世は、あれから3世代目〜の孫たちの時代 。 この100年余の間に、日本人は既に西洋音楽本来の 7〜12 音階の音楽を自在に受け入れる迄に成長していたのである。 ... 現に今の若い歌手達は 7〜12 音階を自在に操って洋楽並みの複雑な歌を難なく歌いこなしている、コマーシャル・ソングやテーマソングですら皆 西洋権楽で出来ている。 そうなっては日本の音楽が将来、過去の音楽に戻るコトはないのだ。

 作詞に作曲に、退廃や不幸、未練、アウトロー、etc...の要素を織り込むコトで大衆の共感を得て来た演歌は、ファン世代の老齢化と共に衰退していくであろう。 1960〜80年代の日本音楽の変わり目に、7〜12 音階を使って自在に歌いまくった歌手達の元祖は、小室哲哉であり 松任谷由実・桑田佳祐・テレサ・テンであった。 J−POPの音楽は、ユーロビートの上にジャズやロック・クラシック音楽の要素を加味しなががら新しい音楽を創造するもので、今ではJ-POP と云えば日本のポップス音楽を代表する音楽にまで成長した。 ... ( Euro Beat とは、電子楽器を使うダンス・ミュージックのコトで、特徴は間奏を使わない音楽形態である )

 参考書 :
演歌は日本の心、か    朝日新聞 H28.5....。

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