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zoom RSS 三浦半島の要塞

<<   作成日時 : 2017/02/15 00:52   >>

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 三浦半島の浦賀、知ってはいるが行ったコトは無い。 浦賀は現在 横須賀市に属するが江戸時代には此処に浦賀奉行所が置かれ、海上警備と三浦半島内の民政を担っていた。 三浦半島の東部に位置する浦賀は東京湾の浦賀水道に面した古い歴史の町。 海岸沿いの山々の崖には今なお未調査の古代の横穴遺跡が点在し、浦賀の先の走水の海には日本書記にも載る弟橘姫の伝説がある。 ...だが明治10年代には既に、隣の観音崎には東京湾内への外国艦船の襲来に備えて砲台が築かれていた。 我が国では 1890年(M23年) に 「東京湾防禦要領」 が策定され、1899年(M32年) には「要塞地帯法」 が公布されており、この法を基にして 1945年 (S20年)の敗戦までの間 全国各地の 26 ヵ所に要塞が築かれていた。

 地図上では東京湾は一つだが、三浦半島の観音崎と千葉県の富津岬を結ぶ線の外側の浦賀水道では湾口の水深は500〜700 m と深く波も荒い。 現在は横須賀の久里浜と千葉県の金谷間 (首都圏環状線の国道16号線) に東京湾フェリーが就航していて 約 10 km の海上を往来しているが、昔は和船でこの危険な海域を往き来していた。 ... 律令時代の東海道は相模国 (神奈川県) の寒川で相模川を渡ると鎌倉を経て三浦半島に入り、当地 浦賀の走水から浦賀水道を渡って上総国 (千葉県) の国府 (市原市) に入り、更に成田で香取海を渡って常陸国 (茨城県) に向かっていた。 東海道が東京湾の北側を通る様になったのは 771年 (宝亀2年) 以降である。

 近世の覇者 家康は、関東を治めるに際し三浦半島の戦略性に着目、当地を幕府の直轄地とした。 事実、江戸時代を通じてこの地を治めたのは旗本と親藩のみである。 その東京湾に面した浦賀に初めて奉行所が置かれたのは 1720年 (享保2年)、廃止は明治維新後の 1868年 (慶応4年) だった。 その間の 150年間、浦賀奉行所は機能し続け幕末に閉鎖した後は横浜裁判所に編入されて終わった。 この奉行所の規模は、基本的には奉行 1〜2 人で総勢は 250 人ほど、奉行職の扶持は2千石、組織は与力 10 騎を筆頭に同心 50人、足軽 20人、水主頭取 11人、足留水主 160人だった。 勿論、広い東京湾の警護には他藩の応援も必要だった。 浦賀港入口の燈明崎には燈明堂があり、一晩に灯心百本と菜種油一升が灯されて、その灯りは7 km 先に迄達したとある。 明治5年までの 200年間、燈明堂は東京湾の航行の安全に資した。

 1868年 (慶応4年)、幕府から政権を引き継いだ明治政府は急ぎ当時の列強、特に清国の北洋艦隊とロシアの太平洋艦隊の湾内への侵攻を想定して、東京湾沿岸に防御施設の築造を急いだ。 1878年 (M9年) には早くも要塞設置を計画したが、奇しくも翌 10年に国内で西南戦争が起こる。 新政府は内戦で戦費が嵩む中、一時は中断したものの要塞の築造を急ぎ、明治20年代には砲台の設置を完了した。 当初は外敵の艦艇侵入ラインを観音崎と富津岬間に置き、観音崎砲台と富津元洲砲台を中心に防御態勢を敷いたが、後に防御ラインは見直されて城ケ島と房総の洲崎間に移つされた。 この為、三浦半島と房総半島の南部に最大20 基もの砲台が設置された。 浦賀周辺にはこの時期に築造された幾つかの砲台跡が今もなお残されている。 千代ケ崎砲台跡はその一つである。

 二十日正月の寒い朝、西浦賀の平根山 (63 m /h )に上り、約一時間を掛けて浦賀水道に向けて並ぶ千代ケ崎砲台跡の遺跡を見学した。 当跡は三浦半島最大の砲台跡で、地下構築物、三基の砲座台、弾薬庫、兵舎、上下水道施設等の遺構が残るが、既に鉄等の金属類は持ち去られたのか何も残されてない。 この砲台は 清国との関係が悪化した明治初期に計画され、明治25年に起工、28年に完成した。 設置目的は隣接する観音崎砲台の援護と上陸した敵の掃討にあり、28 p 榴砲弾、後には 30 p カノン砲、機関砲等が据え付けられていた。 ...当地が沖縄の様な地上戦に至らなかったコトは不幸中の幸いだったと思う。 千代ケ崎砲台は戦後破却され、跡地は土砂で埋められた侭だったが、戦後 70年を経て国の史跡に指定されたのを機に地元の横須賀市が整備して保存するコトになった。 但し、復元は未定とのコト。

 参考書 :
野内秀明  千代ケ崎砲台の歴史  横須賀市教育委員会

 

 

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