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zoom RSS 蝶が舞う・・・

<<   作成日時 : 2017/08/31 21:43   >>

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 我が家の庭にも春にはモンシロ蝶が、夏の初めには大きなアゲハ蝶が飛んでくる。 この様に季節ごとに飛来する蝶を 「季節型の蝶」 と呼ぶ、 即ち 春・夏・秋... と季節ごとに色々な蝶が生まれては飛んで来る訳だ。 子供のころには昆虫と云えばトンボと蝶が双璧だったが、最初は直線的に飛ぶトンボに惹かれたものの、長じては色鮮やかで然も掴めそうで掴めない蝶の方に興味を持つ様になった。... そう云えば、庭のレモンの木にも毎年 アゲハ蝶の幼虫が居ついて葉を食い荒らしていたが、最近はトンと姿を見なくなった、淋しいが こればかりは仕方あるまい。 .. 日本では旧仮名使いの頃には蝶をテフテフと書きチョウチョウと呼んだが、中国では テプテプ、ラテン語圏ではパルパル、インドネシアではクプクプ、フィリピンではパロパロと呼ぶ。

 蝶は、生物学上は昆虫の中の鱗翅目 (リンシ目)、しかも 「蛾」 の一種である。 勿論、数では蛾の方が圧倒的に多く蝶は少ないが...。 昆虫が地球上に現れたのは古く、今から 4億8千万年前のオルドビス紀、翅を持つ昆虫が出現したのは 4億3千万年前のシルル紀、 鱗翅目の中から初めて蝶が生まれたのは 1億4千万年前の白亜紀の初めである。 証拠となる鱗翅目の化石発掘例は未だ少ないが、蝶も蛾も発生当時から現代まで殆ど容姿を変えることなく 発生時のままの姿である。 昆虫は、海から上陸した植物の後を追って陸に上がったが、鱗翅目の蛾や蝶は後に陸上で大きく発展したものと考えられる。 逆に現在は海中で生息する昆虫は殆どいない。 ... その昆虫は、生成から現代に至るまでの間、地球の高温期や寒冷期を耐え抜き種を残してきた逞しき生物種である。 昆虫は生物としての分類では、「節足動物門汎甲穀類六脚亜門昆虫綱」 に属し、仲間は 80万種にも及ぶ。 その中、蝶の種類は世界では 1万8千種、日本には 230 種が生息する。

 蝶の一生は、卵⇒ 幼虫⇒ 蛹⇒ 羽化⇒ 成虫 と変化する、これを蝶の 「変態」 とも云う。 蝶の寿命は 2〜3 週間が一般的であるが、高山などの寒冷地では変態の途中で越冬する種もある。 成虫= 蝶であるが、蝶は大きな羽根2枚と小さな羽根2枚の計 4枚の翅で空を舞う。 蝶が空を飛ぶ目的は、@ 食べ物を探すため、A オスがメスを求めて、B メスが産卵の場所を求めての三つだが、C 渡り鳥の様に長距離を旅する ヒメアカタテハや イチモンジセリもいる。 成虫になった後の蝶の食べ物は、花の蜜や木の汁なので人間には無害であるが、イモムシやアオムシ状の幼虫は植物の葉を食べる。 若しも、その食草が栽培植物であれば人間は幼虫を害虫として駆除の対象にする。 ...如何せん 蝶の産卵場所は、モンシロ蝶はアブラナ科の野菜やキャベツであり、アゲハ蝶はミカンの葉、黄アゲハ蝶はセリ科の植物の葉である。

 蝶は、自らの翅を動かして風を起こし、その風の反動を利用して空を舞う。 羽ばたき回数は毎秒 10 回程だが、実はこの蝶の舞う華麗なる? 舞い方が災いしてか、或いは前述した成虫になるまでの変態の過程を見てか、昔の人は蝶に霊的な姿を感じとった。 特に古代日本では、蝶を霊界からの使者とみて忌避していた。 その為か、奈良時代に編纂された万葉集や古今集を含む八代集には蝶を詠んだ歌は殆どない、また絵巻物にも蝶はあまり描かれていない。 だが次の平安時代になると蝶と蛾は区別される様になり、蝶の翅の文様美が認められて、次第に家紋や絵画に使われる様になる。 平家や織田家は家紋にアゲハ蝶を使っている。 昭和時代には蝶の研究家の今井彰さんは、北アルプスの蝶が岳 (2664m) の蝶の名前の由来や、蝶が岳からしか見えない中岳のモルフォ蝶の雪形文様のコトを詳しく書いた。 ...古来、蝶をを忌み嫌ったのは古代日本だけで、キリスト教では蝶が変態する様を復活の象徴として捉え、古代ギリシャでは不死の象徴と、古代中国では愛情のシンボルと捉えていた。

 胡蝶とは蝶の別名である、 語呂が良いのか 胡蝶という言葉は文学や演劇では しばしば使われてきた。 古くはBC 350年の戦国時代に荘子が 「胡蝶の夢」 を著し、我が国では 1008 年に源氏物語の 24 帖 で「胡蝶」の巻が書かれている。 最近では丸谷才一が 蝶の話は載ってないのに 「蝶々は誰からの手紙」 を刊行、司馬遼太郎は 「胡蝶の夢」 を書いた。 舞楽にも蝶をモチーフにした孤蝶の舞がある、4人の少年で舞う童舞や神社で巫女が舞う舞楽がそれである。 ... 源氏物語の胡蝶の帖には、源氏の発案で急遽 池に蝶の衣装を付けた童子を乗せた唐船を浮かばせて宴を催した様子が書かれている。 だが、数多くある 「胡蝶」 に纏わる話の中での圧巻は何と言っても荘子の書いた 「胡蝶の夢」 である。 ... 自ら夢見て蝶になり また現実に戻り、...と 結局は夢と現実の間の境は判然としなかったとある。 結局は 「胡蝶の夢」 から 「生きる」 と云うコトの儚さを会得しただけだった。... 古代の中国には余裕があった様な気がする。

 参考書 :
今井彰    蝶の民俗学        築地書館
丸谷才一   蝶々は誰からの手紙  マガジンハウス

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