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zoom RSS 消えた古墳

<<   作成日時 : 2017/09/15 21:15   >>

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 過日、「しまね学講座」 で大久保徹也氏の講義 「出雲の大型墳丘墓の成立と展開」 を聴いた。 大要、AD150 年前後に成立した山陰〜北陸と山陽の吉備にのみ出現した特異な 「四隅突出型の大型墳丘墓」 に関する話だった。 ... 山陰地方ではこの時代以前には地方豪族の墳墓は単純な方形タイプの墳墓だったが、この四隅突出タイプの方形墓が伝わると築造法は変わり、しかも AD150年以降は規模が次第に大型化していく。 大型化した後の出雲市の西谷3号墳の規模は従来型の 3〜4倍の大きさになり、50m × 40m 、高さは 4.3m にもなった、同時代の佐賀県、吉野ケ里の墳丘墓の規模が 38m × 26m 高さ 2.5m であるから 如何に大型化したが窺えよう。 ... 弥生時代末期の大型化志向の後、やや置いて大和地方に更に大きな墳丘墓の纏向墳墓群が現れる。 更に半世紀後の古墳時代には巨大な前方後円墳の箸墓古墳の時代を迎え、しかも同型の前方後円墳は全国へと波及していく。

 狭義には、墳丘墓と古墳は別物である。 墳丘墓は弥生時代 (≒BC500〜AD250) に築かれた墳墓であり、古墳は古墳時代 (AD250〜700) に造られた墳墓である。 墳墓を時代別に概観すると、縄文時代の墓地は住居の側に在り共同墓地のストーンサークルもあった、埋葬は地面に穴を掘って葬る土壙墓 (どこうぼ) だった。 弥生時代でも一般人の埋葬法は変わらなかったが社会階層の分化で出現した首長クラスの墓地は別で領地を見渡せる様な場所に墳丘墓を造った。 この頃から木棺、甕棺、石棺が使われる様になる。 墳丘墓には方形周溝墓と方形台上墓が一般的で四隅突出型はこの変形である。 古墳時代になると全国的に同型の前方後円墳が盛んに造られた。 大規模墳墓が築造されたのは凡そ BC100〜AD600 年の間だったが、646年に大化薄葬令が施行されると以後、古墳の造成は少なくなり横穴墳墓が造られる様になる。

 1950年に制定された 「文化財保護法」 では墳丘墓と古墳の区別はない。 法令では 「... 古墳その他の埋葬文化財...云々」 と載る。 しかも、法第六章では埋葬文化財を 第七章では史跡を 第八章では..景観まで網羅して文化財を手厚く保護しようとしている。 ... 広義の古墳数は全国に約 16 万基以上ある、文化庁が 2015 年に公表した数は 161,560 基、地域別では兵庫県の 18,841 基を筆頭にほぼ全国的に分布し、最少は秋田県の 6基で、北海道、青森、沖縄はゼロである。 古墳の調査に関しては、日本史研究会や歴史研究会などの学術団体の皇陵への立ち入りが認められていないので全ての調査が終わった訳ではない。 皇陵は墓地なので、立ち入り禁止はある程度は止むを得まい。

 子供の頃には 「塚」 や土饅頭型の 「朝鮮式墓地」 は格好の遊び場で、友達と駆け上がったり滑り降りたりと よく遊び、見つかると大声で叱られたものだ。 墓地は本来はその子孫が護るべきもので他人には無用の存在、しかも後世の地域開発にも邪魔な存在、 ... 実は古墳は昔から大事にされて来なかった。... いま全国に散在する古墳数は 16万基、だが実際に奈良時代初期までに造成された数はこの何倍にもなる筈。 その中には自然に淘汰されて失われたものも有れば、後世に人の手で破壊されて失われたものも多い。 例えば、川崎市幸区の丘上 (高さ 35m) にあった4世紀 築造の加瀬白山古墳 (長さ 90m、後円部の径 42m、高さ 10.5m )は、大正時代の経済拡大期に沿岸部の港湾用地造成の為にと山ごと埋め立てに利用されて消え失せた。 古墳は事前に緊急調査された様だが、遺品は関東大震災時に散逸して今はない、当地は現在平地になっている。

 中世の城郭では時折り石垣の中に墓石や石仏が混在しているのを見かけるが、この様な状況は奈良時代から続いていた。 ...奈良の平城京の造営は8世紀だが、この下には築造後僅かに 400年後に破壊された神明野古墳 (長さ 147m) や古庭古墳 (長さ 250m) が眠っている。 当時、破壊されたのは佐紀盾列古墳群の一部である。 大坂城も前身の石山本願寺建立の前には古墳が在ったったと聞く。 埼玉の丸墓山古墳は、太閤の小田原攻めに際し石田三成が忍城攻めの時に本陣として使用した。 大阪高槻市の今城塚古墳や津堂城山古墳も古墳転用の城砦である。 中世から戦国時代に掛けてこの様な例は全国に山ほどある。 ... そして現代でも、東京の世田谷区では 2015年に外環道の工事中に未盗掘の 「殿山横穴古墳群」 (1400年前) が発見されている。 壊して道路を造るのか保存処置を講ずるのか? 静岡県の沼津市では2本の道路を連結する為に前方後円墳の高尾山古墳 (62m × 34m) を壊すのか、保存するのか? 開発優先派と遺跡保存派の対立は奈良時代に始まるが、現代は車社会の便利さを優先するのか、史跡を自然のままで後世に残すのかが争点になっている。  豊かな社会の到来は近い様でまだまだ遠い様だ。



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