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zoom RSS 瀬戸内海を探る

<<   作成日時 : 2018/07/13 19:28  

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 外洋から隔てられて海も気候も穏やかな瀬戸内海。 ... だが、この海は日本列島の誕生以来、陸地だったり海になったりと大きく変化して来た地域でもある。 現在の海は本州・四国・九州に囲まれた細長い内海、大きさは東西に 450km、南北に 15〜55km、沿岸の総延長は7,230 km、700余の島嶼を抱えながら 水深は最大でも 105mで平均は 38mと何処までも浅海の続く内海である。 この海が 「瀬戸内海」 と呼ばれる様になったのは明治以降のコト、江戸時代以前には内海全体を通しての呼び名は無く、地域毎にそれぞれ播磨灘とか備後灘、安芸灘、瀬戸内などと呼んでいた。 1934年、昭和になって漸くこの内海全体が国立公園に指定され、1945年以降には周辺地域をも含めた将来図が構想される様になる。 本州四国連絡橋 3ルートの完成等はその最たる成果と云えよう。

西日本の全体像を上から俯瞰してみると そこは山あり海ありで その間に平地が見える。 太平洋から日本海に至るまでの距離は (県庁間の距離では)、高知市と鳥取市の間は僅かに 225km、この間に平均幅 35km の瀬戸内海が有り、その両側に四国と中国地方がある。 地学的にみると西日本の外帯には標高 1,600mの四国山脈が有りその周囲には平地がある、内帯側にも標高 1,200mの中国山脈を挟んで周囲には平地が広がって見える。 これを地質面で見ると外帯側から内帯側に向かって年代の新しい順に @ 四万十帯、A 秩父帯、B 三波川帯、C 領家帯、D 超丹波帯と舞鶴帯、E 秋吉帯と三群帯、F 隠岐帯と大きな地層が順に並んでいる。 この内、西日本を東西に縦断する大型活断層の中央構造線は B の三波川帯と C の領家帯の間に在る。 中国山地に特有の花崗岩は7,000年前に、C の領家帯の下に貫入して来て出来た。 白い砂浜の瀬戸の海も Cの領家帯の一部を覆っているが、これらの地層の殆どは大陸起源の地層である。 ...因みに、岡山県と広島県の 「県の石」 は共に花崗岩、山口県は石灰岩である。

さて、東西の総延長 450kmの瀬戸内海は、何処から何処までを云うのか? これに関しては先ず I HO (国際水路機関・International Hydrographic Organization ) は瀬戸内海を Seto Naikai or Inland Sea と表示して、その範囲を西端は下関海峡の名護屋岬〜村崎の鼻に置き、南端は豊後水道の愛媛県 佐田岬〜大分県の関崎として、東端は紀伊水道の和歌山県田倉崎〜淡路島の生石鼻の線内に置いた。 これに対して国内法の領海法では、「領海及び接続水域に関する施行令」 に於いて東側の水域を和歌山県の日ノ御崎灯台〜徳島県の蒲生崎灯台を結ぶ線に置いた。 この為に国際法のI HO による線引きの場合の瀬戸内海の面積は 19,700km2 であるが国内法での面積は 21,827km2 となる。 即ち両者の大きな相違点は、I HOが東側の境界線を大阪湾口に置いたのに対して国内法は紀伊水道口に境界線を置いた点である。

瀬戸内海は最終氷期の 25,000年前には海水準が 120m程低下したコトも有り陸化していた。 その後12,000年前より海水準が上昇し始め、6,000 年前の縄文の海進時以降は現在と同程度の海水準を維持している。 瀬戸内海で底引き網漁が行われていた時代には時折 網にナウマン象の牙や鹿の角が掛ったと云うから当時は草原が広がっていたものと推測できる。 また海底には長く凹凸の続く個所もあるので これは川の流路だったのではと云う説もある。 最近の説では当時の分水嶺は現在の備讃瀬戸 (岡山県玉野市〜香川県の大崎鼻) の辺りとされており、そうであれば四国・中国の山地から流れ出た水は、東へ流れれば紀伊水道から、西へ流れれば豊後水道を経て太平洋に注いでいたコトになる。

 瀬戸内海には「灘」と云われる個所と「瀬戸」と云われる個所が交互に並ぶ、しかも夫々が 50q 毎に並んでいる。 勿論それは地学的な理由が有ってのコトだが面白い。 灘では海底が平坦で水はユックリと流れるが、瀬戸は島が点在していて海底も起伏が多く流れも速い。 ... 速いと云えば紀伊水道口の 「鳴門の渦」も昔から有名。 だが渦と云っても海水が大きな穴に吸い込まれるような渦ではなく、外洋に面する紀伊水道と内海の播磨灘辺りの潮位の差を解消する為に 狭い鳴門海峡を潮が勢いよく流れる為に発生する渦である。 紀伊水道口の満潮が播磨灘にまで到達するには5時間余の時間がかかる、そして干満の差は 1.3m 、約 6時間ごとに潮位が変わるので鳴門の渦は1日に4 回発生している。 勿論、瀬戸内海には鳴門だけではなく、大阪湾経由でも干満の潮は毎日 流入と流出を繰り返している。

 参考書 :
山崎・久保共著  日本列島100万年史   (株)講談社


 

 

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