或る葬儀から

 最近 葬儀をとり行なった。...始めから終わりまで施主には 嘆き悲しむ時間も無いほどの忙しさ。 縄文時代から続くという通夜の儀、江戸期ごろから取り入れられた仏式の葬儀、その後も次々と続く複雑な仏教行事にいささか疲れ気味の今日この頃である。

 さて、通夜と葬式という二本立ての葬儀の仕組みは合理的で面白い、これは一般会葬者にとっては出欠の選択肢もあり大変便利な仕組みである。 しかし遺族は二日間にわたる葬儀でヘトヘトに疲れる。 元々は、この通夜と葬儀の両者は別物だった。 梅原猛さんは、通夜は縄文時代から現代まで 仏教移入以前から日本に存在した 「あの世」観を最も純粋な形で残している...と書いている。 一例を挙げれば、この世とあの世はアベコベに出来ている。 だから通夜の「夜」の儀式は、死者を足元の明るいうちに あの世の 「昼」 の世界に送り出してやる儀式だと考えればよい訳だ。 もともと縄文の 「あの世」観はキリスト教や仏教で云う あの世観とは意味が違う、つまり 縄文の儀式には 「天国と地獄」とか「極楽と地獄」 という様な観念は無い。 縄文での あの世観は、紀元前1000年以上も前に発生した自然信仰であり、ズーッと後の世に現れた 経典を持ち理論武装をした既成の宗教の信仰とは 根本的に異なる。 通夜にはこんな意味もある。画像

 半世紀前までの葬儀では 喪主或いは遺族は白装束の服装だったと云う。 所が、最近では式場全体が洋装の 黒一色で埋まる。 遺族も会葬者も全員が黒色に一体化してしまったのである。 国立歴史民俗博物館教授の 新谷尚紀さんは、以前は葬式というものは「忌みの場」 であった、従ってその時に着る喪服は遺族が死穢(シエ)を他人に伝染させない様にするための衣装であり、昔の白装束の衣装は 「忌みの衣装」を表していた....と。 所が最近では、葬儀自体が微笑する遺影を前にして、死穢や服喪の感覚を伴わない様な 単なる死者への「セレモニー」 と転化してしまった。 これを氏は、この事こそが平成の新しい世相である....と述べ、喪服が以前の「服喪の衣装」 から脱して、葬式という 儀礼の場で着る「礼服」 に変化したのが現在の光景であると書いている。 今や黒服はネクタイを変えればオールマイティー、冠婚葬祭で大活躍中である、この50年間、何かが確実に変わり始めているという感触だ。

 将来は葬儀の形式も大きく変わっていくだろう。 幸いにも今回は兄弟家族や親戚、それに大勢の方々の協力を得て漸く、世間並みの葬儀を執り行うことが出来た、しかし今後、核家族化や少子化が進んだ場合、現在一般的に行なわれているような形式での葬儀・儀式はほぼ不可能になるのではと思う。 現在の大きく変貌しつつある生活様式と 多様化する人間関係の狭間で、誰でもが簡素にまた厳粛に執り行なえる様な 新しい形の葬儀の方法を創り出しておく必要がある。

 日本の葬儀は縄文時代からのシキタリや、後から移入してきた仏教等の影響など、時代の移行とともに変遷し現在のような形式に集約されてきたものである。 しかし、今後は核家族化にも 一人っ子にも適した新しい形式を求めて次の世代自身が自分達で新たに模索して行くべきものと思う。如何なものでしょうか。

参考書:日本人の「あの世」観    梅原猛    中央公論社
     歴史ー聖と死の話      新谷尚紀  朝日新聞06.3

写 真:生命

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