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<<   作成日時 : 2018/10/26 22:42   >>

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 今日 10月25日は満月、しかも本当の満月は朝の時間帯、...この意味分る? 勿論夜の月も満月に見えたが...。 昼の時間帯には久しぶりに等々力渓谷を歩いてみた、気温は20℃ 風もなく秋のハイキング日和だった。 そう云えば日の出も今朝は5時57分、調べてみたら日の入りは 16時55分だった、真夏に比べて日が短くなったコトが実感できる。 10月とは言え暖かい日には街で半袖の人も見掛けるが、北の国からは連日 雪の便り。 だが、今年の夏は長く本当に暑かった。 台風も多く北海道では地震被害が有ったりと記憶に残る夏だった。 その影響か、街路樹も庭の樹も紅葉せずに枯葉のままで秋を迎えた。 蝉もアブラ蝉の後のミンミン蝉の声は聞こえず、夕方のカナカナ蝉も鳴かずじまいだった。 今年は、長い夏が終わり、短い秋が有ってそのまま冬の季節到来と云うところか。 連日 朝晩は冷え込む様になってきた。 ...それなのに遠い南の海では、また大型の台風が発生して西北西方向へと進みつつある。 今後の行くへは? そのまま西へと直進するのか、それとも沖縄付近で北へ向きを変えるのか?  日本の気象庁のコンピュータとアメリカの気象コンピュータ、ヨーロッパの気象コンピュータそれぞれの予想が食い違い、未だに今後が見通せない。 コンピュータにもそれぞれ個性がある様だ。

 私の知っている限りでは、季節の秋はアメリカでは FALL、イギリスではAutumn である。 でもイギリスでは昔は秋を Harvvest と呼んでいた。 Harvest の語源は 「集める」 だから、秋は実 (穀物や果実) を集める謂わば 「収穫の秋」 と人々に認識されていたのだろう。 ...なのに直接に農業に関わらない上流階級の人々や商業に従事する人たちの間ではラテン語系の Autumn (増大する季節) が使われていたらしい。 Fall は落ち葉由来の言葉 (Fall of Leaves ) が語源。 調べてみたら、イギリスでは今もAutumn が使われ、アメリカでは Fall が使われているが、 例えば秋風はアメリカでも Autumn breeze とAutumn が使われていた。 私も個人的には Fall よりも Autumn の方が詩情があって好きである。 今では アメリカでもフォーマルな場面では Autumn が使われ、日常のカジュアルな場面で Fall が使われていると云う。

 世に名高い 「川中島の決戦」 は永禄2年の9月の10日に戦われたが、この日は今の暦に直すと10月の28日になる。 川中島の合戦はちょうど今頃 の季節に戦われた合戦だった。 特に標高の高い信州では晩秋のこの季節には、前日の夜が長いので放射冷却の影響で早朝、特に盆地では霧が発生しやすい。 上杉軍は早朝のこの霧を利用して静々と犀川を渡り車掛かりの陣を敷き攻撃に備えた。 ... 川中島は現在は長野市に属すが、当時は犀川と千曲川に挟まれた地域だった、近隣の松本市や飯田市も同様の地形に在るので晩秋には今でも霧の朝が多いと云う。 これに反して東京や横浜の様な都会では近年、朝の霧はほとんど発生しなくなった。 原因は気候の温暖化と乾燥化にあると云う。 ... 気象用語では、見通しが1km 未満の場合は霧と云い、それ以上を靄 (もや) と云う。

 「富士には月見草が良く似合う」 この句は昭和13年の秋に書かれた太宰治の 「富嶽百景」 に載る。 富士の山を詠んだ歌や句は数多有るが、いづれも遠く離れた場所から富士を眺めて詠んだ句や歌であり、或いは遠方で山の見えない場所で富士を連想して詠んだものばかりで、富士に在って富士の山を詠んだ句は太宰のこの句が最初かも知れない。 富士を読んだ歌で最も古いのは風土記や万葉集であるが、何れも遠方から眺めて詠ったものばかりである、それ以降も現地に立って詠った歌や句は見掛けたコトはない。 太宰のこの句が有名になったのには意味があろうと云うもの。 ... 全国には富士の名を冠した山は多い、所謂 何々富士の類である。 記憶に有るだけでも北から、蝦夷富士、津軽富士、更には標高ゼロメートルの大潟富士、江戸の藤塚群、西日本では伯耆富士に備前富士、讃岐富士、豊後富士に薩摩富士...、等々。 これら各地の富士でも秋は たけなわと思う。

 「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」 正岡子規、明治28年10月の作である。 彼は、日露戦争末期に従軍記者として大陸に渡り、帰国途中で喀血して須磨で療養し、後に郷里の松山に帰っている。 下宿屋の愚陀佛庵に漱石と共に寄宿し、その後 上京、途中で奈良に寄り東大寺近くに宿を取ってこの句を詠んだとされている。 着いた時には法隆寺近くの茶店で大好きな御所柿を沢山食べて夕方宿に帰ってこの句を詠んだ。 従って、この時に彼が聞いた鐘の音は法隆寺の鐘の音ではなく、東大寺の鐘の音だった筈である。... この句は教科書にも載る有名な句である。 内容は単純だが表現は素朴で決して古ぼけた句ではない。 むしろ明治期には先進的な句として捉えられたものと思う。 俳句を文学にまで引き上げた彼にとって、この句は静と動の感覚を敏感に詠みあげた傑作と云える。



 

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秋 ぬるでんぼう/BIGLOBEウェブリブログ
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