嫌われた移民

 わが国で働く外国人労働者は2017年時点で 127万人、技能修習生が28万人余、約 150万人の外国人が働いている。 その多くは日本人がやりたがらない安価な労働に従事している。 人手不足の声に煽られて 2019年4月に改正入国管理法が施行され、以後5年間に34万人余を新たに受け入れると云う。 原因は日本人労働者の減少、ひいては人口の減少にある。 ... 世界の、いや地球上の人口は2015年には 73億人、30年前の1987年には50億人、90年前の1927年(S 2年) には20億人、江戸時代だった1802年(享保2年)には 僅かに10億人だった。 マルサスの人口論程ではないが世界人口の増加傾向は収まりそうもない。 ところが日本は昭和末期の1億2千万人をピークに減少に転じて、予測では2048年には1億を割り 9900万人、2060年には8600万人と人口は減り続ける。 その内の労働人口の減少は更に落ち込むと云う。

 江戸時代には新田開発が進みコメの生産量は年間 3000万石、人口も3000万人程度で推移していた。 人口が増え始めたのは明治期以降で、昭和までの 100年間に1億人を突破していた。 それが近年は少子化と老齢化が進み人口減へと転じ、現在に至っている。 その先どこまで減少するのかは分からないが、食糧の自給から見れば5000万人、国防の見地からは8000万人は必要だろう。 今後ともこの国で人口増加策が採られるコトは無いので策は外国からの移民を増やすしか道はない。 他国の成功例ではシンガポール、第2次大戦後に50万だった人口を移民政策により500万に増やした。 成功の秘訣は教育水準の高い人、成功経験のある人など有能な人材とその家族を受け入れて人口増に成功している。 即ち、その逆の人達の受け入れには積極的でなかったと云うコトだろう。 外国人嫌いの日本は今後どう動く?

 移民と云えば弥生時代初期の BC1000年以降、古墳時代・王権の時代の 7~8世紀に掛けては我が国にも多く の人が海を渡ってきた。 この時代は大陸では戦が多く、彼らは元は彼の地の難民か流民であったと思われるが 、彼らの力が長く続いた縄文時代に風穴を開け新しい国造りの原動力になったことは紛れもない事実である。 日本でも弥生時代は最も内戦の多かった時代ではあるが、彼らは土木工事の伴う稲作を広め、金属機器の製法を伝え、国家制度の整備、文字や宗教の移入に尽くして我が国の国家水準を大きく引き上げることに貢献した。 即ち、当時の移民たちも現在の日本人を構成しているのである。 外部の人と交流が進むと当地に新しい知恵や文物を齎す効果がある。 先般某TVで江戸時代に四国の阿波の国が経済的に裕福だったのは藍染めや大型の甕造りで儲けた為と報じていた、しかも この知恵を与えてくれたのは意外にも各地から四国に集うお遍路さん達だったと云う。

 移民と難民は本来は別物の筈、だが世界の先進各国は押し寄せる移民志向の難民の増加に苦慮している。現にアメリカはメキシコとの国境に延々と壁を巡らせて難民の入国を防ごうとし、イギリスはEU 域内からの移民の入国を封じようとEU脱退を決めた、ドイツのメルケルも今までの移民政策は失敗だったと表明している。 だが考えてみればアメリカ人の先祖もカナダ人の先祖もヨーロッパから新天地を目指して移住してきた移民だった。 その彼らの先祖の移民の動機は、ヨーロッパでの ① 人口増大、② 資本主義化による貧富の差に依るものだった。 イギリスにだって本物のアングロサクソンなど極く一部に過ぎない。 皆、自分たちの住処によそ者が入って来るコトヲ良しとしないだけなのだ。

 移民受け入れのメリットは、日本の場合は① 少子高齢化からの脱却、② 島国根性の内向き文化からの脱却、③ 単純労働の肩代わり等であり、デメリットは ① 社会保障費の増加、② 犯罪の増加や旧市民との間の社会問題、③ 2世、3世をどの様に同化させるのか等々の問題が出てくる。 ... 国連は移民を単に 「 ... 定住国を変更したこと」 と定義するのみだが、この国も政策面での移民の定義すら不明確のままである。

 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0