模倣と創造について

 「模倣」と云う言葉がある、広辞苑には「まねらうこと」「似せること」と載るのみ。 ... 模倣と云えば時には盗用と認識されたり物真似と混同されたりする時もあるが、寧ろ模倣を積み重ねるコトで生み出される創造力の源泉として捉えてはどうだろう。 新生児は親が発する言葉に反応して、繰り返し話される言葉を模倣して順次覚えていく、だがこれは盗用とは言わない。 長じてスポーツをする場合にも年長者の身振りや動作を見聞して何回も何回も反復し、模倣して自分の形を創りあげていく。 このコトは音楽や絵画においても変わらない。

 平安時代の末期に「古今伝授(こきんでんじゅ)」と云う古今和歌集の解釈法の継承法があった。 当時でも古今和歌集は難解で注釈が無いと正確に解釈できない。 その為には和歌の解釈術を秘伝とし、師が身内や一部の高弟にのみ代々伝授して行こうと云うもの。 結果、一部の人にしか解釈できない様に秘伝にしてしまったので、世間一般には知られず、広まらずで和歌は何時の間にか衰退して新しく勃興した俳諧などに取って代わられてしまった。 秘儀の伝授は忍法や剣法にも見られるが、例えば三大忍法の一つの「万川集海」などは江戸期300年の間に写本の写本が忍者間に出回り、一般にも流れて結構広く知られていた様だ。 和算でも関孝和による「発微算法」やその解説書が学者間に広く読まれたコトも有り、明治時代に西洋の数学が入って来るまでの間、和算を広めるこコトが出来た。 世に数多ある秘技や秘伝の類は、一族や関係者以外の者には模倣や真似は絶対に許さんぞと云うコトだろうが、特定の者の間でのみ秘かに伝授して行くよりも最初からオープンにして自らの業績を広く世に問うた方が後世に残せる筈。

 2018年に始まった米中貿易戦争のきっかけは知財戦争だったと思う。 米国から見れば一部の中国人が米国企業や研究所から知財(著作権、ノウハウ...etc)を盗み取り自国に持ち帰って企業化して儲けているのではと云うのが発端だったと思う。 今から40年前の1982年には米IBM社と日本企業の日立SSと富士通との間でも知財戦争があった。 きっかけは日立と三菱電機の社員が米IBM社からコンピュータに関わる企業秘密を盗もうとしたとして米国FBI のおとり捜査で両社の社員6人が逮捕されたコトだった。 盗みのきっかけはコンピュータのハードは模倣できてもソフトは簡単には真似出来なかったからと聞く。 この騒動の最終和解は1988年だったから米中の戦争も解決までには相当の年数を要しよう。 要は、模倣であってもソックリさんでは相手も納得はしない。 ...ならば模倣はどの程度までなら認められるのか。 「模倣の経営学」を書いた井上達彦さんは、良い模倣と云うのは社会に迷惑を掛けない創造的な模倣であるとし、その典型は海外、異業種、過去から意外なお手本を見付け出し、それを自らの世界で創造的に再現するコトと述べている。

 最近は電車に乗っても乗客の殆どがSNS と睨めっこをしているが、10年くらい前までは乗客は新聞雑誌、或いは新書版も含めて文庫本を読んでいた。 尤も、日本では江戸期以来「小本」好きが伝統だったが、1927年(昭和2年)に初めて岩波書店が廉価版の文庫本を創刊した。 丸谷才一は岩波の文庫本はドイツのレクラム文庫本をお手本にしたものと書いているが、これは海外の実物をお手本にした模倣であるが文句を言う人は居なかった。 最近のビジネス界では宅急便、量販店、自動車メーカー、軽食喫茶等々、多くの業種や企業が事業の商法や業態からヒントを得て模倣しているのが目立つ。... 前述の井上さんは模倣の創造性について、同じ景色を描いても写実派が描いた絵と印象派が描いた絵では両者は全く異なるとして、知的な模倣道を説いている。 著作権に関するルールが厳格化している現在、模倣するコトに注意を払うコトは必要であるが、著作権法が保護するのは「表現」であって、「アイデア」ではない。... 模倣こそ次の新しい創造には欠かせないもの、勇気をもってより知的な模倣に挑戦してみたいもの。

 参考書 :
井上達彦  模倣の経営学  日経BP社

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