元号雑感

 元号が変わり半年経つが新元号を書いたのはまだ1回のみ、他は全て西暦で済ませた。 年号が変わり不便なのは昭和何年から今年で何年目と云う場合、算出には昭和の残り年数に平成を加えて令和を加えて答えを出さなければならない、年だけなら未だしも頭の中で月まで計算しなければならないからである、誰もが困惑しているコトだろう。 講談界若手の神田松之丞さんは、講談「谷風の情け相撲」の中で 登場する横綱 谷風の活躍した時代は寛政の頃と云い、更にそれは西暦の1800年の頃と付け加えて聴衆に分かりやすく説明している。 ... 元々、元号(年号に同じ)は7世紀に古代中国の年号法を真似て、いや脱中国を意図して導入したものだが中国の方は皇帝が変わっても年の途中での改元は無かった様だ。 古代中国では「一年不二君」と云い同じ年に2人の皇帝が居てはならないとの考えから即位は済ませても改元の施行は次の正月元日を待って行われていた。 日本の現在の「元号法」は、皇位継承が有った場合に行うとあるので年の途中であっても元号が変わってしまう。 どうせ真似るなら古代中国の合理性をも受け継ぐべきだったと思う。

 現在の中国には「清」の時代を最後に元号はないが古代中国で元号が制定されたのは BC 140 年の「建元」とされるが、使用した証拠が残されてないので今では BC 104 年の「太初」が最初とするコトもある。 わが国は 750 年遅れて AD 645 年に元号を「大化」と制定したと有るが、こちらも使用例は残されてない。 記録に出て来るのは半世紀後の AD 701年 の「大宝」が最初である。 と云うコトは最初の元号の大化の次には「白雉⇒はくち」があり、「朱鳥⇒しゅちょう」が有って「大宝」に至る、元号は残されているのに何れも使われなかったのだろうか? ... それでは奈良・平安の時代に元号の制定と改元に関わったのは一体誰だったのか。それは現代で云う上級国民の公卿達だった、当時の改元については4月にこのブログに載せた「年号と日本人」に書いた通りである。

 今回は鎌倉時代以降、武士の台頭とともに幕府が改元に介入した例を挙げてみよう。 ... 頼朝の鎌倉幕府は幕府創建時には京都の決めた元号、1181年の養和、1182年の寿永を認めず使用しなかった。 一方でこの時代には独自に地方で白鳳や朱雀の年号が使われていた例もある。江戸時代になると幕府は朝廷に対して公家法度を決めていたが元号の制定時にも内容には積極的に介入した。 即ち、朝廷で勘伸した新元号案は江戸に送られて幕府儒官(林家等)の意見を聞き、案は京に戻されて朝廷が新元号を決めて改元の詔書を出していた。 幕府はこの新詔書を基に新しい元号を改めて諸大名に伝達、全国で使用させていた。

 明治に至るまで改元は諸々の理由で行われていた。 一代の天皇の下で複数回行われたコトも有れば、南北朝時代には南北双方の王朝が共に元号を発し複数回改元をしているコトも歴史を複雑にしている。... 奈良時代では聖武天皇の時代を例にとると在任中に3度の改元を行っている、理由は内2回は白色の亀が献上され縁起が良いとして、また1回は陸奥の国から黄金が献上されたので目出度しとしてだった。平安時代には天地異変を契機としたケースが増えて来る。 大地震、水害、旱魃、疫病の流行の他、ハレー彗星の出現や東国の平将門の乱や瀬戸内の藤原純友の乱も改元の理由にされている。 鎌倉時代には災害関係の他、内裏の火災、京大宮の火災が理由に挙げられている。 南北朝時代には災害関係の他に戦乱、山崩れ等が挙げられている。 室町時代には朝廷、幕府共に経済的に窮乏していた時期には即位の礼の費用も捻出できないとして無用の改元は減少している、その中でも目立つのは応仁の乱に依る戦争火災、将軍の死亡、疫病の流行だった。 江戸時代に入り目立つのは明暦の大火、京都大火災、大地震であるが、新しい所では異国船来襲で改元した安政、江戸大地震では万延、京都の兵乱に伴う世上不安で慶応が目立つ。結果、日本の元号数は 645 年の大化~2019年の令和まで 248 である。

 令和に改元して約半年、夏以降 特に九州、関東、東北が水害で大損害を被った、これが旧制度の江戸時代以前であれば次の良い年に向けてとして改元を考慮したかも知れない。 昔の人の発想法には夢があった、だが現代は現代として新しい道を歩む以外に術はない。早急なる被害回復を願うばかりである。... 作家の池澤夏樹さんは、記事「終わりと始まり」の中で、いくたび元号を変えようとも この国には変わらない影の元号がある。それは「戦後」であると。 そう云えば来年はもう戦後75年になる。

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この記事へのコメント

2019年11月08日 20:10
ぬるでんぼう 様へ

初めまして。
豊橋在住の萩原致と申します。
私は,地元の歴史サークル「豊橋姫街道を学ぶ会」に所属しています。
このたびヤマトタケルの東征伝説地のレポートを作成することになり,
碓氷道の写真を探していたところ
ぬるでんぼう様の美しい写真を拝見しました。
是非活用させていただきたいと思い
コメント欄で失礼ですが,連絡させていただきました。
よろしくお願いします。