テーマ:文学

 今日 10月25日は満月、しかも本当の満月は朝の時間帯、...この意味分る? 勿論夜の月も満月に見えたが...。 昼の時間帯には久しぶりに等々力渓谷を歩いてみた、気温は20℃ 風もなく秋のハイキング日和だった。 そう云えば日の出も今朝は5時57分、調べてみたら日の入りは 16時55分だった、真夏に比べて日が短くなったコトが実感で…
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日本語雑感

 秋の夜長に丸谷才一さんの一文、「考える為の道具としての日本語」 を詠む。 文芸評論家らしく 一捻りした表題だが、中身は明治初期から現代に至るまでの日本語の出来方から使われ方までを叙述した名文である。 更に、文筆家が文を書く時には必要に応じて幾つもの辞書類を使うとして、事例を挙げた 「兼ねる辞書」 という小文も付いている。 これを読むと…
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蝶が舞う・・・

 我が家の庭にも春にはモンシロ蝶が、夏の初めには大きなアゲハ蝶が飛んでくる。 この様に季節ごとに飛来する蝶を 「季節型の蝶」 と呼ぶ、 即ち 春・夏・秋... と季節ごとに色々な蝶が生まれては飛んで来る訳だ。 子供のころには昆虫と云えばトンボと蝶が双璧だったが、最初は直線的に飛ぶトンボに惹かれたものの、長じては色鮮やかで然も掴め…
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「伊勢物語」寸聞

 伊勢物語、... 今まで読んだコトも無いのに何故か先般 講演を聴く機会があった。 内容は、この本が後の時代の日本文学に与えた影響に就いてであったが、出来れば逆に この本の作者が他から どの様な影響を受けたのかが知りたかった。 ... 伊勢物語自体は今もって作者は不明で、しかも書かれた年代も書き終わった時期も良く分かっていない。 確証…
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日本語と国語

 日本の学校の授業には国語や英語の科目は有るが日本語という科目は無い。 20世紀の終わりの頃に国語に替えて日本語と云う名の科目を設置した公立の学校があったが、結局は上から睨まれたのだろう 今は無い。 ならば国語と日本語はどこが違うのか。 ... 国語とは National Language で一国を代表する言語のコト、我が国では日本語が…
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琵琶法師が支えた平家物語

 先般 或る歴史講演会で平家物語に絡む琵琶法師の話があった。 講師の兵藤先生の話では、琵琶法師は 1996年 (H8年) に最後の一人が亡くなり今はもう居ないと云う。 琵琶法師と云えば 13世紀以来、平価物語の演唱とは切っても切れない関係にあったが、実はそれ以前にも管弦を弾く琵琶法師は居た。 ... 蝉丸、諸説あって素性はハッキリしない…
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描かれた富士

 富士山の美の特徴は、独立峰特有の山体の美と噴火跡、積雪にみる超絶した景観にある。 世界にはキリマンジャロを始め、マヨン (比)、エレバス (南極)等々が、国内には 利尻岳、燧岳、伯耆の大山、開聞岳など数多の独立峰があるが、富士山程に敬われ、且つ親しまれてきた山は無い。 ... この国に文化が根付いて以来、富士は時代を超えて 歌に、俳句…
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☆ 花に遊ぶ

 今年も花の季節がやって来た、花と云えばサクラ。 連日、TVは桜前線がどうのと賑やかである。 ... 桜の季節は 気候が冬型から春型へと替わる時期なので、南風が吹いて暖かいかと思えば 次の日は寒冷前線が下りてきて寒くなる。 気圧の谷が 日替わりで通過する この時期は、体力のない老人や病弱者にとっては厳しい季節でもある。 特に、心筋梗塞や…
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ピアノを弾いた哲学者

 2014年の暮れにヌーデルマン氏の著書 「ピアノを弾く哲学者」 の日本語版が出た。 先ずはと、図書館で検索したところ 何と横浜市の図書館は 23人待ち、川崎市の図書館は19人待ちだった。 市立図書館の蔵書はともに 2冊ずつ、本の貸出期間は 2週間なので凡そ半年待ちになる。 ... この本は題名がハイカラで、ピアノを介して哲学に近づけそ…
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太平記読み

 室町時代は 足利氏による武家政治の時代である。 だが、その中身は多様で大きくは三つの時代に分けられる。 初期は天皇と武士の覇権争いに南北朝の皇統争いが絡んだ荒廃した時代で、1336年から 1392年までの 60年間。 ...中期は日本文化の源流である東山文化に象徴される様な比較的安定した時代...、 後期は応仁の乱あり、将軍家の没落あ…
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詠み人知らず

 「 詩は酒の肴になる... 」、 既に故人となられた文芸評論家の丸谷才一氏と文学者 吉田健一さんの間で交わされた言葉である、... 何とも優雅な会話だ。 二人で詩の楽しみ方を示唆してくれている様で面白い。 勿論、此処で云う詩とは Poem のコト、短歌や俳句ではない。 西洋の詩には 一定の形式と規則的なリズムから来る開放感、個人の力…
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「末の松山」 の大津波

 「末の松山」 ... この松の山が多賀城市内にあるコトを知ったのは 東日本大震災がキッカケである。 過去に何度も訪れた東北だが、何故か この地を訪れたコトは無かった。 「末の松山」 は、地図で見る限りは仙台平野の北端にあり 海岸から 2 ㎞ ほど離れた 標高 8 m の台地に在る。 ... その高さ故か この小高い台地は貞観年間、8…
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エッセイか 随筆か

 月に2回、1800 字前後の短文を書いて Blog に載せている。 だが時々、この書き物は一体何なのかなと自問してしまう。 ...果して随筆なのか、小論文なのか、或いはエッセイなのか? ...元々 エッセイには 「試論」の意味もあり これが一番近いのかな と思ってはみたが、 Blog上では自分の主張や意見をなるべく控えているので、これ…
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古代群馬の三碑

  1300年を経た群馬の三碑 ( 山之上碑・多胡碑・金井沢碑) は、歴史的価値が評価されて現在は特別史跡に指定されている。 だが、この三碑の真の価値は、年代の古さや碑面に書かれている文章の内容にあるのではなく、文章構成そのものが初期の日本語の形成過程を示している点にある。 ...碑の文章は当時、先人が試行錯誤を重ねながら創りつつあった…
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仮名遣いの変遷

 春とは名のみか、風は冷たく陽は弱い。 ...そんな中、朝のTVは南国の菜畑に舞う 「蝶」を放映していた。 そう云えば今週の何日目かは啓蟄の日だった、...うちの庭先に住むヤモリ親子もそろそろ姿をみせる頃だ。  さて、その「蝶」だが漢字で書けば何でもないが、仮名で書けば 「チョウ」 と書き、古語辞典には 「てふ」 と載る。 ...…
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辞世を遺した人たち

 広辞苑には、...辞世とは 「死ぬ際に遺す偈頌 (げじゅ)・詩歌など」 とある。 即ち、人生の終りに際して詠む惜別歌 (せきべつか)、幕引きの歌のコトである。 古来、辞世を遺す風習は東アジア固有の文化だったが起源はハッキリしない。 ...それに辞世の出来栄え自体は、普段から準備していた人 既に体力の衰えた人 急死した人と...人そ…
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言葉 その裏と表

 かなり前の話だが、...西安の夜店で買い物をしていたら突然 隣の客から、あなたは山口百恵を知っているか と聞かれてビックリしたコトがあった。  当時、西安の街のプロマイド売場では、既に引退したとは云え百恵人気はまだまだの様子で、...この客人、私の顔を見て こいつは日本人と見抜いての問い掛けだったのだろう。 だが、...当時は未…
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旭川に遊ぶ

 神居古譚 (カムイコタン⇒アイヌ語で神の住む場所)は、JR旭川駅からタクシーで片道 6千円弱の距離にあった。  神居古譚とは、大雪山系を水源とする石狩川が旭川の平坦地を過ぎて再び道央の山間部を突き切って石狩平野へと流れ出る、その山間部の峡谷一帯を云う。 つまり、北海道を南北に走る地質構造帯の一つ、 「神居古譚変成帯」を東西に横切…
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言葉Ⅰ 表現と工夫

 大阪の道修町と云えば 江戸時代から続く薬品問屋の街。 以前、出張するなら是非 ここを訪ねて見てはと紹介されていた会社があった。  多忙な薬品卸の問屋を朝から訪問する事もなかろうと、昼間は和歌山城や岸和田城を見学して夕方、社を訪れ役員に面会。 まず興味を惹いたのが関西の業界独特の仕事言葉?だった。 情報化に伴う営業手法の変化により…
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年越しのあと先

 「去年今年貫く棒の如きもの........虚子」  昨年の年越しブログにも表記の句を載せた。 所がその半年後、学士会会報に金子兜太氏の講演録が掲載されていて その中で この句も取上げられていた。 氏は 「蛙と柿と雪」という 3題で講演、続く 4番目に此の句を取上げ、俳句を民族詩としてみた場合 これら 4題は、何れも俳句の持つ一般…
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子規庵から

 雨あがりの午後、子規庵を訪ねる。 現在の建屋は、1945年(S20.4.) 米軍の空爆で焼失した後 1950年(S25) に再建されたものである。 間取りは弟子の碧梧桐が描いたという見取図が使われている。 子規は1892年(M25) 25歳のときにこの屋敷に移り住み 35歳で亡くなるまでの10年間を ここで過ごした。 「子規」...は…
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「とはずがたり」に想う

中世 鎌倉時代に書かれた 「とはずがたり」という本がある。 山折哲雄氏は平安時代に書かれた源氏物語と同様に鎌倉時代に書かれた 「とはずがたり」は将来、日本の古典文学として大きく 評価される可能性が高いという。  この本は1938年(S13)、現在の宮内庁書陵部の文庫調査で既に発見されていたが、戦後1950年(S25)になって漸く全…
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