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zoom RSS ♪ ショパンの軌跡

<<   作成日時 : 2016/04/15 10:42   >>

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 若干古いが 2013年9月の朝日新聞、 be ランキング 「 もしもピアノが弾けたら、あの曲を弾いてみたい 」 のアンケートでは、トップはベートーベンの 「エリーゼのために」 で、2位以下 10位以内には ショパンの 「 別れの曲・ノクターン 2番・小犬のワルツ・英雄ポロネーズ・幻想即興曲 」 の 5 曲がランクインしていた。 日本人のショパン音楽への人気度は高い。 久野久らの女流ピアニストは既に 明治時代にショパンの曲を演奏していたし、昭和時代の高校教科書にも 「別れの曲」 が載っていた。 日本人にとってショパンは意外に身近な存在である。

 ショパンは 1810年にポーランドで生まれ 1849年にパリで没した。 彼の生まれたポーランドは建国後 1000年の国家、10世紀にキリスト教に改宗し西欧に認められてヨーロッパ文化圏に入るが、彼の生まれた 19世紀には周辺の強国 ロシア帝国・プロイセン王国・オーストリアの三国に占領されて国土は分断され、数度の独立運動は悉く失敗している。 そんな背景のもと彼はフランスに在って祖国を憂いながら作曲と演奏活動を続けていた。 ... 当時のヨーロッパ先進国の音楽芸術は、18世紀の古典派 ( ハイドン・モーツアルト・ベートーベン ) の時代から 19世紀のロマン派の時代へと移行する過渡期にあった。

 18世紀の古典派音楽は、客観性や安定した形式を重んじる謂わば理性を強調する音楽であり、音楽家達はすべて王室や貴族或いは教会の庇護の下で活動を行っていた。 それに対して19世紀に興ったロマン派の音楽は、ブルジョワ革命を機に一般大衆を相手にする音楽へと変わり、音楽に対する姿勢も感性や主観を重視する音楽へ、個人の独創性や人間性をアピールする音楽へと変化していた。 この頃に活躍したロマン派の音楽家は、当初はバガニーニであり、それにシューベルト・シューマン・ショパン・リスト が続いた。 だが、19世紀の末にはこのロマン主義も衰えて 時代は20世紀へと移っていく。 後を引き継いだのは マーラーであり ドビッシーであったが、往年の音楽芸術は既に輝きを失っていた。 これには 第一次、第二次の二つの世界大戦が大きく関わっていたコトは云うまでもない。

 さて、ショパン。 英国王立音楽院、ピアノ科主任教授の マグレガーは、ショパンは前期ロマン派を代表する音楽家で 「ピアノの詩人」 とも呼ばれるが、中でも彼の音楽の 「マズルカ」 は主張する音楽であり、しかも政治的メッセージを込めた音楽であって、これは今までの音楽には無い 新しい形式の音楽だったと云う。 ショパンのマズルカには、分断された祖国への愛国心を潜めた政治的メッセージが込められていた。 例えば、彼の親友のリストは 変ロ長調 7-1 を聴いて、この曲はロシア皇帝に対する 「非難の曲」 だと云い、それに同意した シューマンも マズルカは 「花に隠れた大砲」 だと云った。 侵略した側のロシア皇帝がそんな話を聞いたら早速にも音楽を禁止していたに違いない。 ... ショパンはマズルカにポーランド民族音楽の要素と個人の主張を採り入れるという 新しい手法で音楽を創り上げていった。 技術的には作曲に半音階主義とハシゴ? (音階の上げ下げ) を使った転調、更には随所に即興的フレーズを挿入したり、終わりのない形式を創り出してみたり、と色々な手法を駆使した。 マグレガー教授は特徴的な曲として、前述の変ロ長調 7-1 の他に 嬰ハ短調 30-4、ホ短調 17-2 ...、等を挙げている。

 19世紀のロマン派の功績は、市民レベルにまで音楽の裾野を広げ 新しい音楽を創りあげた点にある。 パリではオペレッタが、ウイーンではワルツやポルカが流行し、アマチュア向けの室内楽や独奏曲が盛んに作られて音楽文化は活況を呈した。 この時代には ピアノ等の楽器の量産化も進み、一般家庭の子女の音楽熱も盛んになる。 当然のコトながら 音楽の個人レッスンも盛んになり、記録では当時の音楽のレッスン料は1 回 20〜30フランだったとある。 19世紀後半の一般労働者の日当 4フランに比べれば これは格段の収入だった。 作曲料も高騰、 1890年に ショパンは プレリュード集を出版して 1500フランを得ている、パリ市内の演奏会での収入は6000フランにもなった。 これは当時の中産階級の上の部に属する収入だったが、それでも彼の収入は恋人で人気作家でもあったジョルジュ・サンドの原稿料収入に比べれば半分にも満たなかったと云う。

 日本は明治初期に国家事業として西洋音楽を導入し 既に120年を経た。 だが音楽芸術の未来への展望は必ずしも明るくはない。 未だにショパン・コンクールの優勝者すら出ていない。 直接関係する訳ではないが、先般発表された 「舞台芸術」 分野の大学別 世界ランキングでは、@ ジュリアード音楽院、A ウイーン国立音楽大学、... 以下 D 英国王立音楽院、K パリ国立高等音楽院、㉗ モスクワ音楽院、等々で、上位50校中 米国が19校、英国が12校を占めた。 アジア勢では ㊸ にインドネシア国立芸術大学が入っていたが、100位以内に日本勢は皆無だった。 唯々、奮起を望むのみである。

 参考書 :
NHKロイヤルアカデミー音楽白熱教室  2016.3.
久保田慶一   はじめての音楽史   音楽の友社
仲道郁代   ショパン・鍵盤のミステリー  ナツメ社

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