♪ ショパンを巡って

 夏の日の昼下がり、...恒例の大人だけの音楽会があった。 出演者には顔見知りの方が多く 「**** de Musique 」 のプログラムの下、演奏を存分に楽しめた。 続く 夕方からのパーティーも和気あいあいで話は弾み大いに 盛り上がった。 ... この日の話題から二・三 拾ってみる。

 今回は何時もに比べてショパンの曲を弾いた人が多かった、やはり人気の作曲家である。 ... そんな曲目の一つに 「幻想即興曲」 があった。 この曲は3部構成で、真ん中の部分は静かで緩かなのに前後は忙しく速いリズムの 5分前後の曲である。 ピアノを習う人なら誰しも一度は弾いてみたいと思うほどの名曲と聞かされたが、今迄それは知らなかった。 ... この曲は小節中で、左手と右手の音符の数が異なるので リズムの合わせ方が難しい。 皆が、左手 6連符、右手 8分音符と話していたが、その意味はよく分からなかった。 後日 S先生にお聞きしたところ楽譜を見ながら詳しく説明して下さったので、漸くナゾが解けた。 ...ショパン作の即興曲の自筆譜には日付は1835年と載るが、楽譜は生前には出版されてない。 現在は、友人のフォンタナが後に編集したフォンタナ版が一般に通用している。 しかも原曲との間には若干の相違もあると云う。

 何年か前の音楽会ではショパンのエチュードを聴いたが、今回はマズルカの演奏があった。 ...マズルカは、ショパンが自国のポーランド音楽に彼独自の曲想を加えて作曲した 3拍子の曲である。 彼が生涯に作曲した 50曲のマズルカは、陽気なリズムあり 悲しいハーモニーの曲ありで変化に富む。 この作品群にはポーランド人以外の民族には窺い知れない異国風の風情が潜んでいるとよく云われるが、それは遠い祖国に向けて揺れる彼の繊細な性格が、多様な曲想を生み出したのだろう。 ... 20世紀も末の 1990年、中村紘子さんが審査員を務めた ワルシャワのショパン・コンクールで、準入賞者15人のうち 8人を東洋人 (日本7、台湾1 ) が占めたので、ヨーロッパで話題になったコトがある。 キリスト教文明先進国の専権音楽だったクラシック音楽だが、あれから四半世紀を経た今日、時代の遷り変わりを受けて漸く世界の音楽になった。

 わたしの拙い練習歴にもショパンの曲がある (笑い)。 弾けるのは 「別れの曲」 の最初の緩やかな部分だけだが、 これもエチュード (練習曲) の内である。 この曲の長さは 4分前後、3部構成の最初の部分は滑らかで初心者にも充分に弾けるのに、二部に入ると急にテンポが速くなり ついて行けなくなる。 本来はここから先が練習曲らしくなるのに普通の人はここで投げ出してしまう、やはり上級者向けの曲なのである。 ... さて このピアノ、 モーッアルトの時代の 1790年代のピアノは 5オクターブ編成のピアノであったが、1820代には 6オクターブにまで進化した。 この頃からピアノ制作の先端技術は次第にパリへと集中していくが、ショパンがパリに移り住んだのも丁度この頃だった。 ピアノが現在の 「 7オクターブ 1/3 」 にまで進化するのは 19世紀の末である。 ...ピアノの進化の歴史は、産業革命による鉄の鋳造技術の発達と密接に関連する。 特にプレートと呼ばれる鉄製フレーム部品の品質向上が、ピアノの機能を大きく向上させたコトは疑いない。

 3拍子は、18世紀のヨーロッパに芽生えた 「自由・平等・友愛」 を象徴する近代化志向のリズムである。 ワルツやメヌエットが華やいだのは この時代以降であるが、当時の日本は未だに 「雅楽」や 「唄もの」 の全盛時代だった。 ...一般の日本人がワルツに出会ったのは大正時代になってからである。 3拍子の 「 強・弱・弱 」 のリズムに乗るワルツは、強弱アクセントを駆使するドイツ語圏や英語圏で発生した音楽であって、「 高・低 」 のアクセントで成り立つ日本語族にとって、3拍子のワルツは初めて出遭う異文化であった。 ...西洋音楽と日本人の係わりについて、作曲家の江村哲二さんは 例えばフジコ・ヘミングさんが弾くピアノには、ショパンを弾いていてもメロディーがガシッと有ってそこに和音がくっ付いている、...メロディーが強いと云うのは演歌調に似ていると云うコトであり、それ故に彼女の演奏は日本人には受け入れられ易い...、と書いている。

  2010年はショパン生誕 200年の年だった、その年には世界の各地で演奏祭典が催された。 ...39年の生涯を通じて、オーケストラを作曲せずに ピアノ曲の作曲にのみ拘ったショパンは、巧妙な捌きの 「 運指 」による独自の奏法と斬新な作風を次々と編み出し、現在に至るまで長く世界のピアノ・ファンを魅了してきた。 ...1935年 (S10年) にドイツでショパンの伝記映画、別れの曲 (エチュード 10-3) が公開された、それを機に日本ではエチュード10-3 (練習曲第3番) の曲を 「別れの曲」 と呼ぶ様になる。

 参考 :
中村紘子  ピアニストという蛮族がいる  文芸春秋社
江村哲二 (共著)     音楽を考えよう   筑摩書房

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのトラックバック